Color pallet   3



走り去った後輩を探しながらコート裏を抜け、校庭の中庭まで来てしまった不二はなかなか見つからない彼にため息をついていた。

 “あのまま帰っちゃってたら話にならないなぁ・・・”内心でそう呟きつつ首を巡らしていた不二だったが、ようやく中庭に置かれたベンチのひとつに腰を下ろしているその姿を見つけ、ほっとしたように表情を緩めた。
 「海堂・・・」
ベンチに座って俯いている彼に近づき声をかければ、海堂は驚いたようにその顔を上げる。
 「隣、いいかな?」
 「・・・・・」
笑顔を向けて問いかければ、少しの間の後、無言で僅かに頭を縦に振る。
そんな海堂を確認した後、不二は彼の隣に腰を下ろした。
 「ね、海堂。」
 「・・・何すか?」
 「桃と何かあった?」
 「!」
一呼吸おいてストレートにそう切り出せば、海堂は軽く息を飲んで不二を見つめる。

 「君が感情を剥き出しにする時って、大体彼絡みの時じゃない?」
何故、と問いたげな海堂に、これでも一応君の先輩なんだけどね?と微笑みながら返せば彼はいかにも恥ずかしそうに視線を伏せる。
 「・・・何でもないっすよ。」
ややあって海堂はぽつりとそう呟いた。
 「オレが一方的に騒いだだけっす。大した事じゃないっすから。」
 「・・・本当に、そう?」
その言葉に顔を上げれば自分をじっと見つめている不二の視線とかち合って。
 「ねぇ、海堂。」
その瞳をそらさずに静かに彼に切り出した不二。
 「そうやって相手を思いやる所は君の長所だと思う・・・だからって自分の感情を押し殺してしまうのはいけないことだと思うけどな。」
 「・・・別にそんなつもりはないっす。」
そんな不二の言葉に海堂は言葉少なにそう答えると、深いため息をつき、そのまま黙って空を仰いだ・・・

 

部活の小休止中、何気なくクラブハウスの前を通りかかった時、窓の隙間から見るともなく室内を覗けば、不二とリョーマの姿がその中にあった。
何やら話し込んでいる二人をこれも見るともなしに見ていると、不意にリョーマが不二の首裏を抱き寄せ、伸び上がる。
・・・唇を合わせあうふたりを目の当たりにして驚き、慌ててそっぽを向けば、こちらにやってくる桃城の姿を見つけ、一気に頭の中が白くなった。
 ただ彼をクラブハウスから遠ざけよう、それしか頭に浮かばなくて。
・・・先刻、クラブハウスで桃城と顔を合わせた時、彼が自分につっ込んでくるだろう事は予測できた。
器用じゃない自分はあの時ひどくうろたえた態度を見せていただろうから。
でも、その後の桃城の行動は自分の理解をはるかに超えていて、驚きを通り越して不思議にすら感じていた。

 桃城が何故自分にあんな事を・・・? 

桃城には・・・あいつには好きな奴がいるのに。

最初、あいつの事は大嫌いだった。
軽薄で何を考えているか解らない、他人に調子を合わせるのが上手く、それでいながらいつの間にか相手を自分のペースに巻き込んでいく、そんな桃城の言動は自分の最も苦手とするもので。
きつく見える容姿に加えて感情を現す事がそれほど上手くなく、人から距離を置かれることが当たり前のようになっていた自分。
そんな自分に屈託なく近づいてくる彼の態度を、初めは人付き合いの下手な自分を馬鹿にしての事だと思っていた。
でも、どれだけ無愛想な態度を取っても、自分を隔てず、変わらぬ態度で接する桃城に彼を見る目が変わり始める。
 彼の言動には自分にはない大らかさと素直さ、そして温かさがあって。
勿論、それらは自分に対してだけではない事はわかっていたし、取っ組み合いのケンカもしょっちゅうだったけれど、そんなぶつかり合いや、いつからか彼につけられたマムシと自分をからかうあだ名ですらどこかで嬉しく思うようになっていて。
そういったあだ名を付けられ呼ばれる事で他人より少し彼に近い、そんな気がしたから。

 

“オレ、好きな奴出来たかもしれない。”
・・・少し前にそう告げられた時も、彼が自分にそう打ちあけてくれた事が嬉しかった。
でもそう思う反面、胸の奥に湧き上がる痛みに正面から桃城の顔を見ることができなかった自分がいて。
いつかこんな日が来る事を予測していたはずなのに、それは予想以上に自分の胸を締め付けて。
その事に驚き自分の胸を占める彼の大きさに改めて気付かされた。
 こんな感情、気のせいだと思いたかったのに・・・

 

 「近すぎて見えるものも見えない、そういう事はあるんじゃないかな?」
静かにそう落ちた言葉に顔を上げて不二を見れば、彼はふっと自分に微笑みかけた。
 「彼を・・・桃を好きなんだろう?」
 「!」
いきなりそう問い掛けられ、驚きに思わず目を見張る自分に不二は微笑みかけながら小首を傾げた。
 「・・・どうしてそれを彼に伝えようとしないの?」
 「・・・必要、ないっすから。」
・・・少しの間の後、不二から視線をそらし、俯いた海堂が小さくそう呟いた。 

そう、他人よりほんの少し彼に近ければそれでいいから。
それ以上は望まない。望みすぎれば苦しくなるのはわかっているから。
器用じゃない自分はきっとその事しか考えられなくなる。
それにもうその気持ちは行き場のないことがわかったから。
 だから、この気持ちは自分の胸の中にあるだけでいい。
 だから・・・ 

 「・・・本当にそうなのかな?」
不二の声が静かに、でも鋭く切り込んできたのに海堂は思わず顔を上げた。
 「本当にそうだったら、そんなに悩んだりしない・・・違う?」
 「あいつには好きな奴がいるんすよ。」
これ以上、心を乱されたくなくてついそう口走ってしまい、海堂ははっとした。
 だが・・・
 「知ってるよ。」
 「!」
思いがけない不二のその言葉に海堂は驚き、再び大きく目を見張った。
 「だからこうして君に聞いているんだ。桃が好きなのかって。」
 「先輩・・・」
桃城に好きな人間がいるという事実を不二が知っていた事と、一番触れられたくない核心に切り込んでこられる苦痛に打ちのめされそうになり、海堂は思わず不二を睨みつける。
が、不二はその視線を逸らす事なく真っ直ぐに受け止める。
・・・先にその視線を下ろしたのは海堂だった。
 「・・・そうっす。」
認めたくはなかったけれど、認めるより他はない。
桃城に触れられた事によって弾けそうになっていた自分の気持ち。
そこを不二に鋭く追及され、揺すぶられ、もはや抗う事ができなくなった海堂は目を閉じると深いため息をつき、口を開く。

 「・・・オレ、奴の事・・・」
・・・小さいがでもはっきりと聞こえたその言葉に不二がゆっくりと微笑する。 
 「・・・意地悪だったね、ごめん。」
さっきとはうって変わって優しく聞こえるその声に顔を上げれば柔らかく笑って自分を見ている不二がいて。
 「でも、君が君自身の気持ちをちゃんと認めないと、きっと彼の気持ちはわからない、そう思ったから。」
そう言ってその笑みを深くする不二を海堂は不思議そうに見る。
 「君は気付かなかったの?桃の視線に??」
 「・・・・・」
何を言われているかわからないといった顔をしている海堂をいたずらっぽい目で見つめながら不二はゆっくりと口を開く。
 「桃が好きなのは海堂、君だよ?」
 「・・・え?」
 「だから、桃は君が好きなんだよ。」
再度言われたその言葉に海堂はただぽかんとして不二の顔を見つめる・・・
 「そ・・・んなはずない・・・あいつが、オレの事を・・・なんて。」
否定する言葉もあまりの驚きに途切れ途切れになる。
・・・気付けばいつも側にいて、どこかで、何かの形で関わっていた。
でもそれはおせじにも甘い時間とは言いがたく、そんな中、あの桃城が自分を思うようになるなんてにわかには信じがたくて。 

こんな気持ちは自分だけだと、そうずっと思ってきたのに・・・
 

「言っただろ?近すぎて見えてないこともあるって。」
うろたえる自分に優しく微笑みかけながら諭すようにそう言う不二。
 「でも・・・」
 「僕の言う事が信じられない?」
 「・・・・・」
自分の気持ちを何もかも見透かすかのようなこの先輩に海堂は驚きつつも素直に首を縦に振る。
 「じゃあ直接本人に聞いてみるんだね?」
 「!」
そう言って不二が振り返った方向に首を巡らせば、こちらを目指して早足に歩いてくる人影があって、それを確認した海堂は驚きに目を丸くする。
 「あいつ・・・なんで・・・」 
 「彼には“大した事”だったみたいだね?さっきの事??」 
そう言った不二を振り返れば、からかうように自分を見つめる瞳。
 そんな視線に海堂は顔を赤らめる。

 

「・・・先輩!」
そんな自分に優しく微笑みかけておいて、ベンチから立ち上がった不二を海堂は慌てたように呼び止めた。
  「・・・何?」
  「先輩は・・・」
  「?」
  「先輩の場合は・・・どうだったんすか?」
  「僕の場合・・・?」
いきなり緊張した声で海堂にそう言われ、不二は何を聞かれているのかわからず首を傾げたが、彼のその困ったような、照れたような、でもすがるようなその表情に何を聞きたいのかを悟り、ゆっくりと笑う。
 「・・・僕もね、ずっと自覚がなかったんだ。」
・・・微笑を湛えたまま、不二は静かにそう口を開いた。
 「ずっと気になって、会いたくて、忘れられなくて・・・でも、どうしてそんな風に思うのか長いことわからなかった・・・あのコに再会するまでは。」
柔らかく頬を撫で、髪を滑り抜けていく風に目を細め、不二は空を仰ぐ。
 「その気持ちに気づいた時、間違いかと思った。そのコに出会えた嬉しさを錯覚しているのかと思って・・・でも傍にいて、そして触れられて気付いたんだ・・・そのコを・・・越前をずっと好きだったんだ、って事に。」
歌うようにそう言う不二の横顔はとても綺麗で。
こんなに綺麗で、何でもこなせる器用な人が、自分と同じような思いを抱えていた事がとても不思議に思えて、海堂はその美しい横顔をじっと見つめる。
 「ねぇ、海堂?」
その美しさそのままに不二が海堂を振り返る。
 「素直になれば見えないものも見えるようになるよ。」
これは僕の経験からだけどね?そう言って不二がはにかんだように笑う。
 「余計なお世話だと思ったけど、僕は君達、ふたりとも好きだから・・・」
 「・・・先輩・・・」
 「大丈夫だよ・・・」
海堂の肩に手を置き、あやすように軽く叩けば、硬かった海堂の表情が少し緩んで。
不二はそれを見て安心したように笑うと、そのまま歩き出した。
・・・5、6歩行ったところで何気なく海堂を振り返れば、彼はベンチから立ち上がり、きっちりと腰を折って自分の方に頭を下げる。
その彼らしい律儀さに不二は目を細め、その口元に小さく笑みを浮かべる・・・

 

 

「不二・・・先輩。」

・・・自分の目指す方向からまっすぐに自分に向かって歩いてきた先輩に桃城は軽い驚きの視線を向けた。
そして何か問いたげに不二を見るが、すぐにその表情を打ち消していつにない真面目な顔を作る。
 「・・・行ってくるっす。」
 「ん」
そんな彼に軽くうなずけば、桃城はその視線を目指す相手にとまっすぐ向けて。
 「・・・カッコいいよ、桃。」
自分の横をすれ違った桃城にそう声をかければ、彼はわずかにその肩を揺らして足を止める。
 「・・・サンキューっす。」
けれど自分を振り返らずにそう返し、そのまままっすぐに歩き出した桃城に不二はふっ、と微笑んだ。

 

あのコが今の言葉を聞いていたらさぞや怒るだろうな・・・そう思いつつ・・・